ゼミは終了したけれど、もっと学びたい。メラメラ燃えている気分です
ゼミ1期生に、さとゆみがインタビュー。今回お話を伺ったのは、競馬ライターの中川明美(なかがわあけみ)さん。ライティングゼミ受講のきっかけや、競馬業界のことなどを伺いました。
Q1:業界でも珍しい女性競馬ライターの中川明美(なかがわあけみ)さん。早速ですが、あけみさんの活動について教えていただけますか?
A1:「株式会社ケイバブック」という競馬の新聞や週刊誌などを発行している会社に所属し、競馬専門紙の記者として働いています。週刊誌で、レース予想や見解、レースふり返りレポートなどを書いています。JRAという団体による中央競馬と、地方自治体による地方競馬の2つに分かれますが、私は地方競馬の方を担当しています。この仕事を始めてから約30年が経ちました。
Q2:その道30年と、ベテランのあけみさんが、どうして今回さとゆみライティングゼミに来てくださったんでしょうか?
A2:競馬界で長年書いてきたのですが、コアな競馬ファンだけではなく、もっと多くの人たちに伝わる文章を書きたいと思ったのが理由です。
Q3:競馬業界に入られたきっかけは何だったんですか?
A3:もともと競馬好きで、友人と競馬によく行っていたんですが、次第に「一日中、競馬のことを考えていたい」と思うようになったのがきっかけです。1000円で買った馬券が9800円になって戻ってくる成功体験もあって、最初のうちはギャンブルそのものを楽しんでいました(笑)。勝つだけではなく負けるときもあるので、研究をしていくうちに「馬券で儲けるギャンブル」という側面から、馬の血統や生まれてくる背景、馬をお世話する方々の話などのストーリーにだんだん興味を持つようになって、この業界へ飛び込みました。
当時は一世を風靡したオグリキャップという馬が活躍していたころで、ちょうど競馬ブームでした。競馬界も潤って、競馬雑誌がどんどんできていた時代でもあったので、仕事はたくさんあったんですよね。その中で、私は競馬専門紙の記者を仕事に選びました。
Q4:いちばん面白いと思われるところは何ですか?
A4:馬を売買する人、馬を育てる人、馬を管理する人、騎手などを総称して「ホースマン」と呼ぶんですが、私は、ホースマンの人たちに興味を持っているんです。1頭の馬がレースで走るまで、たくさんのエピソードがあって、そのまわりには必ずたくさんのホースマンがいます。馬は話せないので、ホースマンの方々からいろんな物語を聞くんですけれど、その話が本当にドラマティックで、お話を伺うのが楽しいんですよね。
Q5:一口にホースマンと言っても、いろんな方がいるんですね。たとえば馬主さんは、馬に触れる方とは別ですよね?
A5:「馬主」は馬の持ち主で、馬を管理する「調教師」、馬の世話をする「厩務員」、馬を調教していきレースで馬に乗る「騎手」とはまた違う立場の方です。
有名な馬主さんで言うと、今流行っている「ウマ娘」というゲームを展開する企業の親会社にあたる株式会社サイバーエージェントの藤田晋社長でしょうか。藤田社長は、2021年夏のセリ市で18頭の馬を総額23億円で買ったそうです。単純計算で、1頭あたり1億円以上です。
Q6:そんなに大きなお金が動く世界なんですね。何回ぐらい賞を獲れば、元がとれるんでしょうか?
A6:藤田社長の場合は、1年も経たないうちに先日のレースで重賞を獲っていました。1回につき何千万円の賞金というレースがほとんどなので、1億円を稼ぐ日はそんなに遠くないかと思います。
ただ、買った馬がすぐレースに出場できるわけではなく、トレーニングして競走馬デビューさせるまでに時間がかかります。馬を買う費用だけではなく、馬を管理飼育するのに必要な「飼馬料」という預託料も、毎月数十万円ほど必要です。デビュー前の稼ぎはありませんし、自分の馬がレースに出られる保証もありません。最近は「いくら儲かったか」「元がとれたか」と経済的な部分を気にされる馬主さんもいらっしゃいますが、お金儲けというよりは、自分の持ち馬が競走馬デビューして、レースを走るだけでも馬主さんにとっては大きな喜びです。
Q7:馬を買う場所ってどんなところなんですか?
A7:年に何回か開催されるセリ市で売買されることが多いです。それ以外では、牧場へ直接足を運んで、セリ市へ出てくる前の馬を生産者から直接買う方もいらっしゃいます。
前にお話ししたように、1頭何億円という馬もいる一方で、50~100万円ほどの少額で取引される馬もいます。ただ、金額の大小にかかわらず、馬一頭一頭が持っているドラマは変わらないんですよね。
Q8:その「ドラマ」は、どういうところにあるんでしょうか?
A8:競馬は、能力の近い馬同士が走るようレースが組まれているので、その土俵に立つと取引時の値段は、実はあまり関係ないんです。億単位で取引された馬がレースに出られないまま引退していくこともあれば、タダ同然でもらってきた馬が大きなレースで勝ち続けるということもあります。
馬の才能も、様々です。たとえば、ある血統馬のお母さん馬は短距離しか走ったことがない一方で、お父さん馬は長距離を走っていたとしたら、その二頭の血を引く馬は、どういう距離を走ることに向いているのか、というところまで考えます。私は、取材を通じて、それぞれの馬の育て方や調教メニューなどを聞いて、馬が成長する様子を間近に見る立場なので、いろんな馬のエピソードと出合います。そのエピソードに様々なドラマがあるんですよね。
Q9:すごく面白い。そして、あけみさんが本当に競馬をお好きなことが伝わってきました。自腹で馬券を買うこともあるんですか?
A9:授業料のつもりで、自分で買っています。身銭を切らないと覚えないし成長しない、と先輩からの教えもありましたから。ただ、毎日のようにレースがあるので、身の丈に合った買い方を心がけています(笑)。思い入れのある馬も、期待している馬もたくさんいますから、馬券を買うときにはしょっちゅう究極の選択になってしまうんですよね。競馬業界に入ってからも、知れば知るほど好きになってしまう、沼のような世界です(笑)。
Q10:買われた馬は、誰がどうやって育てているんでしょうか?
A10:調教したり、馬の体を手入れしたり、飼葉(かいば)という餌を1日数回あげたりと、お世話する人一人につき3頭ぐらいの馬を見ています。育てる組織にも一門があり、その中で調教師の大先生、先生、弟子がいる図式です。その中に、馬のお世話をする厩務員も付きますし、騎手も所属してデビューをするんですよ。厩舎に馬を預けてもらえるよう馬主さんへ営業したり、馬のお世話を一門の中でうまく分担したりします。私は一門図を書くことが好きでしたが、ここ10年は業界内の移籍が増える傾向にあって、その一門の把握が難しくなってきました。
Q11:複雑な業界なんですね。その世界に飛び込んで、慣れるまで大変じゃなかったですか?
A11:競馬の世界は男社会ですし、女性が長く働くことはなかなか簡単ではないかもしれません。ここではお話しできないようなハラスメントを受けたこともあります。ただ、私はお酒が好きだったこともあり(笑)、「勝てばお祝い、負ければ残念会」と、あちこちで開かれる宴会へ参加するのが苦ではなかったんですよね。そのうち、いろんな方から顔を覚えていただくようになって、働きやすい環境ができてきました。
「トラックマン」と言って、馬の調教タイムを計測したり、調教後に調教師からコメントをいただいたりする仕事もさせていただきました。体力が求められるため、男性中心の仕事で、私が担当した大井競馬場では、女性初のトラックマンになりました。
Q12:女性初! いろんな道を切り拓いてこられたんですね。普段、どういう媒体で執筆されているんですか?
A12:勤める会社が発行する新聞や週刊誌で、執筆しています。そのほかにも、個人の名義で競馬関係の連載を7本担当させていただいています。たとえば、競馬レースの主催者公式サイトで、開催予定の重賞についての展望や、レース終了後のレポート、馬主協会の会報などを書いています。終わってすぐ執筆するストレートニュースもあれば、じっくり書く記事など、仕事の幅は広いと思います。
Q13:自社以外の媒体の仕事もできるんですね。
A13:さすがに完全競合の媒体では書けませんが、個人名義での活動はそこまで制限されていません。私の場合は、業界内では珍しい女性記者ということもあって、入社してすぐに署名付きのコラムを書かせていただけるようになりました。私のように会社の看板を背負いながら、他社の仕事をするライターさんも各社に数人いらっしゃると思います。日本全国だと、数十~数百人くらいでしょうか。フリーの競馬ライターさんもいらっしゃいますよ。
Q14:あけみさんがご自身の原稿で、こだわっているポイントはありますか?
A14:当時、文体や切り口など、女性らしさを求められる声もありましたが、あまり「女性目線」を前面に出す文章は、すぐに飽きられるんじゃないかと思いました。長く勤めたい気持ちが強かったので、「ですます調」ではなく、「である調」で統一して、硬質な文章を書き続けました。
Q15:競馬コラムでは、どんな文章が良い文章と言われるんですか?
A15:取材で良い素材を集めたり、それを良い切り口で原稿化したり、という要素もあると思いますが、表現方法ではライティングゼミで教わった「カロリーを使わせない(読む負担をかけさせない)」という点が本当に大切だな、と感じています。カロリーを使わなくて済む、読みやすい文章が良いコラムになるのかな、と思います。
Q16:ライティングゼミで、印象に残ったことはありますか?
A16:読み手が引っかかりや違和感を覚えないよう、文章から「小骨を抜く」作業ですね。その重要さが理解できたのと同時に、難しさも痛感しました。競馬の業界は大きなお金も動きますし、いろんな立場の関係者がいるので、みんなが不快にならないような文章を書くことが求められます。一方で、勝敗があることなので、書くときの悩みは尽きません。たとえば、負けた馬について書く場合、馬のせいにも、人のせいにもできないですし、すごく頭を抱えてしまいます。ホースマンも、ファンも傷付けたくないですし、かといってほめ殺しにもしたくないんですよね。書くことが苦しく感じるときすらあります。
Q17:そんなとき、どうされているんですか?
A17:遠回しな書き方にすることもありますし、書かないこともあります。特に馬券を買ってくださるファンの方が、楽しく読めるようにしたい、という基準で考えるようにしています。
Q18:先ほど話題に挙がった「ウマ娘」のようなゲームもありますし、最近は若い世代をターゲットにしたCMもよく見かけますよね。ファン層は変わってきているのでしょうか?
A18:ファンの中には若い層が増えたと思います。コロナ禍では、無観客で競馬レースを開催している時期もあったので、競馬情報をインターネットから得る機会が多くなってきました。それが引き金となって、インターネットから情報を集めて、競馬の魅力にハマっていく若い方が多くなっているようです。逆にインターネットが苦手な年配のファンが競馬から離れていくこともひしひしと感じています。
Q19:ファン層の変化をうけて、書くスタイルには何か変化がありますか?
A19:ファンへ向けて書くことに変わりはありませんが、初心者でもわかるよう工夫しています。そして、感動を伝えたいとき、直接的な言葉での表現はしないけど、結果的には褒めている、という文章になるよう心がけています。たとえば、人や馬の話題をおり交ぜながら事実をもとに書いていって、全体を読むと「あ、そういうことだったんだ。素晴らしいな」と感じてもらえるような原稿にしたいと思っているんです。それができているかは、また別の話ですが……。
Q20:浅田次郎さんのエッセイ『勇気凛凛ルリの色 福音について』で、ホクトベガという馬について書かれた文章が、とても感動的ですよね。私は競馬に詳しくないし、その馬を一度も見たことがないのに、どうして読むたびに必ず泣いてしまうんだろう。
A20:素敵な文章ですよね。いつか、あんな文章を書きたい。言葉を話せない馬と、その馬に絡む人の選択とストーリーについ感情移入するんでしょうか。
Q21:言葉を話さない馬だからこそ、究極の翻訳への挑戦ですね。ライティングゼミではいろんな課題に取り組んでいただきましたが、いかがでしたか?
A21:実は、不完全燃焼だったな、と自分で反省しています。さとゆみさんにインタビューして原稿を書く課題でも、自分の書籍制作ワークでも、「もっと全力で取り組むことができたんじゃないかな?」と悔やんでしまって。4月中は添削を受け付けてもらえるとのことなので、もう一度書き直した原稿を再提出できるように頑張ります。自分への反省はありますが、ゼミ自体は本当に楽しかったです。
Q22:再提出、楽しみに待っています。どんなところが楽しかったですか?
A22:1期生のみんなと出会えたことです。毎回ワークでゼミメンバーと話し合ったり、Facebookのやりとりを見たりする中で、いろんなことを教わりました。みんな惜しみなく人に与える「ギバー」で、私はリードしていただくばかりでしたが、本当に素敵な仲間と出会えたな、と思います。メンバーそれぞれが向き合っているテーマは違うけど、「文章を書く」という共通のゴールに向かって同じ方向を目指す環境が、とても心地よかったです。
Q23:ほかのゼミ生にとっても、長くキャリアを積まれているあけみさんと出会えたことは、励みになったと思っています。
A23:そうだと嬉しいですが、いただいてばかりだったので、もっとギブしたい気持ちもあります。書く仕事を約30年続けてきましたが、ゼミのワークではうまく自分の考えを話して伝えられなかったので、それも自分の課題だなと感じているんですよね。最近は競馬の番組に読んでいただく機会がありますが、緊張で思いどおりに話せないことに、もどかしさを感じているので、最近はトークゼミに通い始めました。
Q24:積極的に挑戦されていて、すごい! トークゼミでは、どんなことを習っているんですか?
A24:発声練習とか、テーマスピーチを習っています。スピーチではいきなり話をふられて、決められた時間の中で話す、という特訓をしています。緊張する暇もないくらい、次々とスピーチの順番がまわってきて練習をたくさん重ねられるので、いつか喋れるようになるかもしれない、と期待しています。自分の魂まで鍛えられて、私が今度さとゆみさんのゼミに参加するときは、グループワークでもリードできるようになっているかもしれない(笑)。
Q25:楽しみにしています。あけみさんはこの先どんなことを目標にしていますか?
A25:いつか、馬についての本を出したいこです。ほかにも、もともとゼミに通うきっかけでもあった「専門用語を使わなくても伝えられるライター」を目指して精進していきたいですし、ゼミの中で全力を出しきれなかった書籍制作ワークも、もう一度取り組みたいです。
ゼミ1期は終了しましたが、もっと学びたい意欲が強くあって、メラメラ燃えている気分です。もっと良い文章を書いて、伝えられたらな、と思っています。
Q26:あけみさんのような先輩ライターが燃えている姿に、私も気持ちが熱くなりますし、自分も頑張ろうと励みになります。
A26:私は全力で課題の原稿を仕上げられなくて、決して良い生徒と胸を張っては言えないですが、学ぶことがたくさんあるゼミでした。私にとって憧れの女性像で、人間力が素晴らしいさとゆみさんのゼミを受講できて、本当に光栄でした。本当にありがとうございました。
(文/構成・ウサミ)
プロフィール
中川明美(なかがわあけみ)競馬ブック南関東担当記者。年間275日ほど開催される南関東版の紙面にてコラム『南関こんしぇるじゅ』を書き、週刊競馬ブックでは『NANKAN通信』や『地方競馬ウィークリー』等を担当する。他の媒体でも連載記事を執筆。SNSでは競馬場や厩舎の気になる馬や人の話題をつぶやいている。金子正彦騎手(川崎競馬所属)と結婚し、気がつけば騎手の女房に。金子が騎手引退後の現在は競馬ブックにて二人三脚で執筆している。2021地方競馬アンバサダーでは最優秀アンバサダーを獲得。引き続き2022地方競馬アンバサダーとして活動中。グリーンch「アタック地方競馬」に出演している。
Twitter:@nakagawaakemi