ペンを持つ仕事に憧れて。「書くことが好き」という気持ちを再確認した3ヶ月

さとゆみビジネスライティングゼミ3期生の「タック」こと、渡辺拓朗さん。渡辺さんは、「ペンを持って仕事をする」ことに子どもの頃からずっと憧れがあったそうです。ゼミでの思い出や、現在のお仕事の様子などをさとゆみがインタビューしました。


Q1:タックは、今、会社員として働いていますよね。どうして仕事として書くことをしていきたいと思ったのでしょう?

A1:「物を書く仕事」自体に憧れがあって、いつか自分もそこにたどり着きたいなという気持ちがありました。ずっと、ペンを持って仕事をする人を「カッコイイ存在」という目で見ていたんです。上手だったかどうかは別として、子どもの頃から書くことが苦ではありませんでした。大学のときは、最後まで書き切れなかったけれど小説を書いたりしていました。

書くことを仕事にしようと意識した大きなきっかけは、フジロックフェスティバルの公式ファンサイトで、ライターとして記事を書かせていただいたことです。

それまで毎年参加していたフジロックに、どうしても行けない年がありました。コロナ禍になって、周囲の人への影響を考えると、どうしても参加を断念せざるを得なかったんです。仕方ないこととはいえ、自分の中で「なんで行かなかったんだろう」という気持ちが大きくなって、次第に、「今までずっと楽しませてくれたフジロックに何か恩返しがしたい」と考えるようになったんです。そのとき、フジロックの公式ファンサイトでライターを募集しているのを見つけ、「これだ!」と応募しました。今まで見たライブレポートを1本、企画を5本提出するという課題を経て、ライターとして採用していただくことになりました。

その後、初めての仕事として、フジロックのアーティスト発表の記事を書かせていただいたんです。フジロックは200組以上のアーティストが参加します。参加アーティストは一気に発表せず、「第○弾、アーティスト発表」というふうに小出しで情報を解禁していきます。私は、約20組のアーティストを一度に発表する記事を書きました。その中には、私の好きなアーティストさんや全く知らないアーティストさんなど様々な方がいらっしゃって、音楽ジャンルもバラバラ。それらを1つの記事として、読者の方にテンションを高く伝えることがとても難しく感じました。どうしても温度差が出てしまったんです。

他の方が書いたアーティスト発表の記事はとても上手くて、自分の記事はそこには及ばないと感じました。今であれば「読者メリット」という単語がわかりますが、当時は、どう書けば良いかわからなかった。もっと上手くなりたい、書くことを勉強したいと、ライティング関連の講座を受けるようになりました。

Q2:私のゼミを選んでくれた理由は何だったのでしょう?

A2:図書館でさとゆみさんの『書く仕事がしたい』と出会ってしまったのが、一番最初のきっかけです。

私は週末のルーティンとして、ランニングと図書館巡りをしています。私が住んでいる神奈川県の西の外れの小さな町には、大きな図書館がなく、小さな図書館がいくつか点在しているんです。図書館によってある本とない本が分かれてしまうので、私はちょんちょんちょんと図書館を巡って、いい本がないか探しています。

アーティスト発表の記事を書いたあと、図書館で文章術の本を探しました。4、5冊バババっと借りて、その中の1冊が『書く仕事がしたい』だったんです。『書く仕事がしたい』を読んで、一気に世界が広がりました。私は「物を書く人=全員ライター」だと思っていたんです。でも、『書く仕事がしたい』では、ライター、エッセイスト、コラムニストなど、書く仕事を具体的にカテゴリー分けされていて、書く仕事といっても様々な仕事があるんだと驚きました。

Q3:それで私のゼミに来てくださったんですね。

A3:はい。2期の募集時も説明会に参加しました。当時は平日コースしかなくて、さとゆみさんに「全部アーカイブでもいいですか? サラリーマンなので平日に参加するのは難しいんです」と聞いたら、「さすがにそれはちょっと……」と言われてしまいました。そのあと、さとゆみさんが「土日コースも需要があるんだったら、開講しようかな」というようなツイートをしてくださって、すぐに「そのコース、希望します!」とリプライを送りました。でも、数日後、「希望は今のところあなた一人です(笑)」と返信がありました。

なので、宣伝会議さんの編集・ライター養成講座に通うことにしたんです。講座はとても有意義でしたが、書いた文章にもっと赤字がほしい、講評がほしいという思いがありました。さとゆみゼミの3期の募集要項に「過去のゼミは、まるでボクシングの打ち合いのような時間になりました。」と書いてあるのを読んで、今度こそ覚悟して参加してみようと思いました。毎週課題が出て、赤字や講評をいただいて、私としては非常に大満足なゼミになりました。

Q4:思い出してきました。2期の説明会であの質問をしたのは、タックだったんですね。 3期は、土曜日開講するかどうかわからないまま募集したんですよね。

課題や赤字から、タックが気づいたことはありますか?

A4:弱点が相当浮き彫りになりました。具体的には企画です。私が今まで企画だと思っていたものは、企画になる前のただの「思いつき」だったと気づきました。単に頭の中で考えた「これ、面白そうかも」というアイデアは、「思いつき」でしかない。それを企画として成立させるためには、誰にとって面白いのか、最終的にどんな形になれば、面白いだけでなく、「欲しい」「読みたい」と思ってもらえるのか、そこまで考える必要がある。骨組みをしっかり作るところまでやらないと、アイデア自体が伝わらないのだと学びました。

それから、自分が書く文章の「癖」にも気づきました。私の文章は、常に主語が「自分」なんです。一人称ではなく三人称で書くことを全く考えていませんでした。ゼミを通して、自分にできるところ、できないところがはっきりしたかなと思います。

講義が終わるといつも興奮状態で、すぐに誰かに話したくなっていました。妻に話すことで、アウトプットしながらインプットしていたのかなと思います。

初回の講義は取材の仕方について学び、「話を聞く」ことの重要性に気づかされました。今までの人生において、相手から何かを聞き出すことを意識して会話をしたことがなかったんです。妻に講義で学んだことを伝えたら、「いいことに気づいてよかったね、タックは今まで全く人の話を聞いていなかったから」と言われてしまって……(笑)。それからは、意識して人の話を聞くようになりました。妻にも、最近「聞く態度がちょっとずつ変わってきたね」と言ってもらっています。でも、まだたまに「今、子どもの話、聞いてなかったでしょ」と指摘されてしまうのですが。

Q5:ゼミを卒業したんだから、変わっていただかないと。奥さまに呆れられないようにしてください(笑)。

タックが言ったように、学んだことをアウトプットして整理するのはとてもいい方法だと思います。上場企業の社長さんや政治家さんといった、ビッグネームの方々をインタビューしている書籍ライターの上阪徹さんも、インタビューで聞いたことを必ず奥さまに話すとおっしゃっていました。奥さまに伝えながら、今日の話を整理しているのだそうです。書く前に誰かに話すことは、頭の中を整理する有効な手法だなと思います。

課題でいうと、タックのインタビューはすごく楽しかったです。変わった切り口を提示してくれましたよね。

A5:さとゆみさんへのインタビュー課題は、媒体を決定するところから様々なことを考えました。セミナーレポート課題も指定媒体がありましたが、私は一人称でしか書けなくて、媒体に合った文章を書くことができなかったんです。

私の文体を活かして記事を書くにはどうしたらいいんだろうと考えた結果、「宣伝会議さんの編集・ライター養成講座で、さとゆみさんへインタビューする権利を抽選でゲットした」という仮の企画を作ることにしました。また、当時の私は、まだプロのライターとして記事を書く資格はないと思っていたんです。なので、「ライターデビューを目指している編集・ライター養成講座の受講生」という視点を入れました。そのほうが、自分のピュアな気持ちを出せるかなとも思って。

Q6:あれは神原稿でした。ものすごくよかったです。ぜひ、リテイクもしてください。

タックは三人称で書けるようになったら、武器が1つ増えると思います。タックは、たとえば、『SLAM DUNK』で、桜木花道がダンクシュートしかできなかったのに少し似ています(笑)。三人称で書けるようになったら、ダンク以外のシュートができるようになると思います。レイアップシュートができるようになる感じです。今のタックは、飛び技だけで戦っている。多分、いま、Twitterスペースを聴いている土曜コースの人たち、みんな「わかる!」って頷いていると思う(笑)。

A6:言われてみるとおっしゃる通りです。私はさとゆみゼミという体育館のコートの脇で、ずっとダムダムやっていたんですね(笑)。

Q7:そうそう(笑)。ダンクシュートだけじゃなく、いろんなシュートを打てるようになってください。

ゼミで文章を書いてみて、何か気持ちに変化はありましたか?

A7:書きたい気持ちがより強くなりました。ゼミが終わったあと、私の場合は「書くこと」がより抽象的になったんです。「いつまでにどんなライターになりたい」という具体的な目標はないけれど、「ずっと何かしら書き続けたい」という思いが強くなりました。書くことが好き、本当に楽しい。この気持ちを再確認させていただいた3ヶ月だったなと思います。

Q8:タックはよく泣いていましたね。インタビューしながら泣き、最終日も泣き(笑)。書くことって、人生の薬になるときもあるし、救いになるときも、鼓舞してくれるときもある。そう思えたのはとても素敵だなと思います。

ゼミで学んだことは、活かせそうでしょうか?

A8:非常に役立っています。つい先日、フジロックのアーティスト発表の記事で、矢沢永吉さんについて書かせていただいたんです。記事を書き始める前に、しっかり読者メリットを考えることができました。フジロックに来るお客さんは矢沢さんのことをどう思っているのか。矢沢さんのファンはフジロックのことをどう思っているのか。記事の向こう側にいる人を多方面から想像しました。読者のことを考える努力ができるようになったのは、大きな前進だと思います。

(※タックさんが書いたフジロックの記事:『まさかのあのレジェンド登場!苗場をどのように彼色に染めるのか?フジロック’23 第4弾アーティスト追加発表!』

ゼミの最終課題では、さとゆみさんにたくさんのことをご指摘いただきました。バシッと一喝していただかなかったら、矢沢さんのファンやフジロックのファンに失礼なことを書いていたかもしれません。さとゆみさんは、文章のテクニックだけでなく、読んだ人がどう思うかという、自分一人では気づきにくいところまで教えてくださるので、本当に感謝しています。

Q9:インタビュー課題で神原稿を書いてきたと思ったら、そのあとの最終課題は「なんじゃここりゃ! 本当にもう!!」というような内容で(笑)。褒められるのもいいでしょうけれど、「これはよくないよね」って指摘をもらえるほうが、学びの場としては元を取っているんじゃないかなと思います。プロになる前に気づけたほうが良いことなので。

いい年齢の大人だけど、タックは素直な子どものような人だなと思うときがあります。すごくピュア。「やったほうがいいよ」と勧めたことを素直にやってくれていました。世の中には、苦手だからと言い訳をしてやらない人のほうが多いから、素直さは書くことを上達させると思います。上手く書けなかった、ここがダメだというところで立ち止まらず、じゃあどうすればいいんだろうと考えて、次の一歩を踏み出す。それができるのは、タックの強い武器だと思います。

A9:書くことを学びに来たので、言われたことはできる限りやろうと思っていました。『SLAM DUNK』の桜木花道の例えでいうと、バスケの上手な人がたくさんいる中で、一人だけ体育館のコートの脇でダムダムしていると自分でも感じていて。少ない武器でチームに貢献するというか、良い結果を出すにはどうすればいいのか、常に悩んで、葛藤していました。

Q10:役に立ててよかったです。タックは、エントリーフォームに送ってくれた文章がかなり前のめりで熱量が高かったので、少し心配していたんですよね。

私の場合は、高い熱量で来てもらうのはとてもうれしいのだけど、一方で「この人の学びたいことと、うちのゼミはズレていないかな」と心配になるんです。私は得意・不得意がはっきり分かれているから、「思っていたのと違った」となると、申し訳ないなと思って。

A10:今の話だと、就職活動などのエントリーシートも、熱量が高すぎて「期待に添えないかもしれない」とお断りになるケースがあるんでしょうか?

Q11:それは選考する人によるのではないでしょうか。私は、全ての原稿はラブレターだと考えています。エントリーシートもラブレターです。さとゆみゼミへのエントリーシートだったら、手渡す人は私になります。この場合の想定読者は私です。だから、どこの誰にエントリーシートを渡すかによるんじゃないのかなと思います。

A11:先日、私の勤務先で社内公募がありました。興味のある部署に立候補して、選考に通れば異動できるという制度です。私は今、研究所で働いているのですが、もっと文章が書けるような仕事ができたらいいなと、その制度を利用して宣伝部にかなり熱いラブレターを送りました。宣伝部の部長かマネージャーが読むことを考えて、私が宣伝部に行ったらどんな貢献ができるか、なぜ宣伝部に行きたいのかという2本立てで書いたんです。でも、エントリーシートだけでお断りされてしまって、面接には進めませんでした。

Q12:うーん、タックの会社のことはわからないから、私が分析してもしょうがないし、機会があったら聞いてみるといいんじゃないでしょうか。ラブレターを渡す相手が決まっているときは、正解をもらいに行くのがいいと思います。

ライティングも同じだと感じます。多くの人がどこの媒体で書くか決まっていないのに、まず書く練習をする。でも、媒体ごとにルールは違うから、ラブレターの送り先を早く見つけることが大事だなと思います。書く練習をすることは全然悪くないんだけれど、でも送り先によって書く内容が変わってくると思います。エントリーシートだって、全く同じものを他の会社に使い回せないですよね。

先ほどタックが話してくれたフジロックの原稿だと、もう書く場所が決まっている。だから、矢沢さんのファンだったり、フジロックのファンだったり、ラブレターを送る先が見えて、それに合わせた内容を書くことができる。書く練習をすることも大事だけれど、早く書く場所を見つけて、答え合わせにいったほうがいいんじゃないかなと思います。

今回のタックの異動希望の場合は、答えを持っている人がいる。答えを持っている人がいるときは、直接聞きに行ったらいいんじゃないかなと思います。

A12:はい。伝手をたどって聞いてみます。

実はすごく仕事のことで悩んでいるんです。ずっと憧れていた「ペンを持って仕事をする」ことを目標にしているけれど、会社を辞める度胸もなくて、うじうじしているなって。そんな気持ちがあるから、仕事にストレスを感じてしまっているんです。

人間関係がギスギスしているとか、仕事に負荷があるといったことはありません。だから、この感情を割り切ってしまえばどうってことないのかもしれない。でも、朝から晩まで8時間働いて、「この時間一体なにやっているんだろう」とふと我に返ってしまうんです。

『書く仕事がしたい』の冒頭にも、私と同じような方が登場しますよね。さとゆみさんがライタースクールで出会ったご友人で、ライターになりたいけど、今日も橋を渡って会社に通ってしまったという話。まさにあれ、私のことだと思いながら読んでいました。私も、会社に行くときに橋を渡るんです。その橋を渡る度に、また今日も来ちゃったよ、と。経済的な理由もあるので、ばっさり仕事を辞めるわけにはいかないのですが……。

でも、本当はもっとやりたいことがあるのになって、ストレスを感じてしまいます。

Q13:今のタックのお給料と同じくらいの金額をライターで稼げるようになるには、相当時間がかかると思います。だから、いきなりフリーランスになる必要はないと思うけれど、会社で働きながら、もうちょっと書く仕事に近づけるといいですね。このままだと、ストレスを溜めたままおじいちゃんになっちゃうよ。

A13:さとゆみさんのおっしゃる通りです。どうするのか、いろいろと考えてみます。

今、自分の人生で第2、第3くらいのハイライトを迎えていると思っているんです。やりたい仕事ができないのはストレスだけれど、これだけ悩めるのは、逆に豊かだなとポジティブにも捉えています。こんなに悩んだり迷ったりするほど夢中になれることと出会えるって、なかなかありませんから。

Q14:課題は、見つかれば必ず解決されます。課題がわからないときが一番どうにもならないけれど、課題が見つかったら、それを分解して、解決を阻害している要素を見つけるだけです。だから、タックの課題も、きっともうすぐ解決するんじゃないかなと思います。

他に、今日話しておきたいことはありますか?

A14:一つ、質問があります。さとゆみさんへのインタビュー課題のとき、聞きそびれたことがありました。

インタビューで、さとゆみさんの書籍、『ママはキミと一緒に大人になる』に掲載されている、ロシア人女性のマリアさんのことを書いたエッセイについて質問させていただいたと思います。さとゆみさんは、そのエッセイを「自分の求めたクオリティに達していなかったんです。本当に悔しくて、ボロボロ泣きながら校了しました」と話してくださいました。それを受けて、私が「どうして書けなかったのだと思いますか?」と質問すると、「わかんないよ、一緒に考えてよ」とおっしゃって。インタビューはそこで終了してしまいました。

インタビューを振り返ると、私の質問の仕方がイマイチだったのかなと思って。私が聞きたかったのは、「どうして自分の求めていたクオリティに達しなかったのか」ということではなく、「さとゆみさんが泣いて悔しがるほど足りなかったものは、一体なんだったんだろう」ということなんです。

Q15:『ママはキミと一緒にオトナになる』のマリアの話はご存知でない方もいらっしゃるので、簡単に概要を説明しますね。

ウクライナとロシアの戦争が始まってすぐの頃、都内でロシア人女性に出会いました。それが、マリアです。マリアのいとこたちはウクライナに住んでいるのだそうです。数日前に爆撃があった場所なので、連絡が取れなくて心配していると、マリアは話してくれました。日本国内ではロシア料理店の窓ガラスが割られたり、日本在住のロシア人が差別にあったりしていた時期です。マリアは、「この戦争は決して許されるものではないけれど、国民全員が戦争を支持しているわけではない。ウクライナにも大事な親族や友人が住んでいる」と言っていました。「今話してくれたことを、記事にしてもいい?」とマリアに聞いたら、「大丈夫ですよ」と言ってくれたので、『ママはキミと一緒にオトナになる』の連載で書かせていただいたんです。でも、その記事は、私が自分に期待したようなクオリティで届けることができなかったと感じて、すごく悔しかったという話です。

こういう話は、書こうと思えば、ものすごく泣かせる話としてエモーショナルに書けるものかもしれません。でも、それはマリアに対して不誠実な気がしたんですよね。センセーショナルな書き方をしたくなかった。事実だけを淡々と書いても、人の心に届くような文章を目指して書きました。でも、結果として、人の心を強く揺さぶるような文章にできなかった。もっと、深いところに届くような別の書き方があったんじゃないのかなと、今も悔しく思っています。

先日、『ママはキミと一緒にオトナになる』の書籍が出来上がったとき、私の師匠である佐藤尚之(さとなお)さんにご挨拶に伺いました。さとなおさんは『ファンベース』という本を書かれた著者さんで、コミュニケーションデザインの仕事をされています。さとなおさんは、「さとゆみ、盛らずに書けるようになったね」と言ってくださいました。それは、「ここで泣かせてやろう、ここで笑わせてやろうという意図のない文章が書けるようになった。上手くなったね」という意味だと受け取りました。

私はずっとそういう文章が書けるようになりたいと思っていたんです。でも、マリアの原稿を書いたときは、まだその力が足りていなかった。エモーショナルにしない、ワイドショーのようには書かないと決めていたので、そこは守れたと思います。でも、まだ力が足りていませんでした。

A15:もう一つ、質問させてください。エッセイストの佐藤友美さんとして書いている記事と、ライターの佐藤友美さんとして書いている記事で、書くために使う筋力は違うものでしょうか?

Q16:全然違うように思います。そもそも競技が違うくらいかもしれない。先ほどバスケットボールの喩えを出したけれど、ダンクシュートとレイアップシュートの違いではなく、バスケットボールとサッカーくらい違う気がします。

私は、エッセイとコラムに必要なのは、着眼点だと思っています。つまり、「この物事をひっくり返してみたら、こう見えませんか?」というような、新しい切り口です。ライターの仕事の場合は、その着眼点は取材相手側が持っています。取材をした相手が何らかのプロフェッショナルな方だった場合、「世の中の人はこう思っているけれど、それはプロから見ると変なんだよ」というような話が新しい切り口になる。ライターは、それをわかりやすく翻訳して伝えることになります。でも、エッセイやコラムの場合は、その着眼点を思いつくこと自体が一番大事な仕事になる。自分でも知らなかったことを、毎回発見しなくちゃいけないんです。だから、ライターとエッセイスト・コラムニストの仕事は全然違うと思います。

あ、それでいうと、ロシアのことを書いた原稿には、発見がなかったのかもしれませんね。『ママはキミと一緒にオトナになる』は、子どもの話を聞いて、「大人の社会のこれと似ているかも」「これってあの縮図だよね」というような、新しい気づきを書いていることが多いと感じます。でも、マリアの記事には、私自身の新しい気づきがなかったのかもしれません。

同じように『ママはキミと一緒にオトナになる』で、オリンピックの開会式回りの人選について書いたエッセイにはちゃんと発見があったように思います。あの時は、「過去の発言を取り出して糾弾された場合、人間は生きていけるのか」と考えたんです。20年前の発言、もしくは行動をあらゆる人間に問い質されたら、私たちは生きていけるのだろうか。

当時問題になった行為は許されることではないと思います。でも、許されないことをやった経験は、誰しもがあるはずなんです。私たちは有名人じゃないからこれまで指摘されてこなかったかもしれないけれど、でも、何かの拍子に「あなた、あのときこう言っていましたよね」と突きつけられたら、私たちは生きていけるのでしょうか。

今の子どもたちは、親のブログなどで発言や行動が残されていることが多いです。チャットAIが一人一人の存在をまとめるようになったら、親が書いた文章が、子どものタトゥーになってしまう可能性がある。子どものことは、どう書き残せばいいのだろう、そもそも書いていいんだっけ? あのエッセイには、そんな気づきや問いがあった気がします。

でも、マリアのことを書いた記事は、今起こっている戦争について、自分の解釈を伝えることが怖かったのかも。戦争という、まさに命のやりとりが行われていることに対して、意見を書くことが怖かったのかもしれないなあ、と、今話していて思いました。

A16:最後に、自分の感想を伝えさせてください。

「生きてきた経験、人生で得たものからしか書くことはできない」と、多くの書き手の方がおっしゃっているかと思います。そういう意味だと、日本人から見た戦争は絵本の中の出来事でしかないのかもしれません。怖いものだとわかっているけれど、その恐怖がどこまでリアルに感じられているんだろうかというと疑問に感じます。だから、このエッセイは、さとゆみさんの中で、自分のリミットを超える話だったのかな、とちょっと考えたりしました。

Q17:それはあるかもしれない。自分の経験と戦争が遠い出来事だったから、想像しても解像度が低かったのかもしれない。

一方で、経験していないことは書けないのかと言われると、そうではないはずだと感じます。たとえば、作家さんは、死んだことがなくても死について描写することがあります。それがある種のリアリティを持って迫ってくることもある。だから、想像できるかどうかなんだと思う。マリアのエッセイでは、戦争が起こることに対する私の想像力が足りていなかったのかもしれません。

ありがとう。今日はすごくいいことを考えさせていただきました。

A17:ありがとうございます。私もあのインタビューが途中で終わってしまったことが心残りだったので、今日お話を聞けてよかったです。

(構成・文/玄川 阿紀)

プロフィール
渡辺拓朗

静岡県富士宮市出身。神奈川県在住。
製造メーカーの研究部門に勤務。
週に3回はサウナに通い、思い立ったらピクニック。フジロックにはほぼ毎年参加。
人生の後半戦を楽しむため、「書く」ことに真剣に向き合い始める。
毎日の締めは、元バーテンダーの経験を活かした、渾身の自作カクテル!